草壁タツオの仕事は?サツキとメイのお父さんが田舎に引っ越した本当の理由

 

サツキとメイのお父さんである草壁タツオ。いつも優しく微笑み、子どもたちの不思議な体験を頭ごなしに否定しない、理想のお父さんとして描かれています。

 

作中では書斎で山積みの本に向かって書き物をしたり、バスで出勤したりする姿が見られますが、一体どのような仕事をしているのでしょうか。

 

また、なぜあのような、田舎のボロ屋敷に引っ越してきたのでしょうか。

 

本記事では、お父さんである草壁タツオの仕事や、田舎へ引っ越してきた理由について詳しく解説していきます。

 

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お父さんの職業は大学の非常勤講師と翻訳家

 

草壁タツオは、東京にある大学で考古学や人類学を教える非常勤講師として働いています。

 

引っ越してきた場所は、埼玉の所沢周辺(諸説あり)なので、勤務先の学校までは、片道1〜2時間ほどかけて通ってると思われます。

 

作中の描写にあるように、田舎でバスは1時間に1本程度しか通っていないようなので、ドアツードアでは、もっと時間はかかるかもしれません。

 

また、生活費を稼ぐために、中国語などの文献を日本語にする翻訳家としての仕事も掛け持ちしています。

 

大学に行くというワードは、作中にも登場しますが、翻訳の仕事の方は、作中は言及されていません。

 

でうが作中で、お父さんの書斎には天井まで届きそうなほどの膨大な本や資料が山積みになっていますね。

 

あの山積みの資料は全て、彼の研究や翻訳の仕事に必要な文献のようです。

 

自宅の書斎で原稿用紙に向かってペンを走らせている時間が長いのは、翻訳という在宅でできる仕事を中心にして、家事や病気の妻のサポート、そして子育てと両立させているからだと考えられます。

 

田舎のボロ家に引っ越してきた最大の理由

 

草壁家が、わざわざ田舎の古い家に引っ越してきたのには、明確な理由があります。

 

一つ目は、お母さんが入院している七国山病院に近い場所で生活するためです。

 

公式設定では、お母さんは結核(または胸膜炎)の療養中とされており、家族の近くでサポートをするためにあの土地を選びました。

 

二つ目は、退院した後に、お母さんが空気のきれいな自然豊かな環境で静養できるようにするためです。

 

決して単なる物好きで古い家を選んだわけではなく、家族の健康と未来を見据えた、お父さんなりの深い愛情と決断があったのです。

 

子どもの世界を肯定する素晴らしい父親

 

草壁タツオの最大の魅力は、子どもたちの言葉を決して否定しないところです。

 

メイが「トトロがいた!」と言ったときも、「それは森の主に会ったんだね」と優しく肯定し、サツキと一緒に巨大なクスノキへお礼の挨拶に行きました。

 

人類学や考古学といった、人間の歴史や古い信仰を研究している学者だからこそ、目に見えない精霊や神様の存在に敬意を払い、子どもたちの体験を否定せずに、受け入れる余裕を持っています。

 

年収や年齢は?

 

草壁タツオの年齢は意外と若い32歳です。

 

サツキが小学6年生(12歳)であることを考えると、お父さんが20歳の時の子どもということになります。

 

物語の時代設定は、昭和33年(1958年)頃とされています。

 

当時の大卒初任給は1万3000円-1万5000円程度で、一般的なサラリーマンの平均年収は十数万円から二十万円ほどだった時代です。

 

お父さんの職業である「大学の非常勤講師」や「翻訳家」は、現代と同じく収入が不安定になりがちな仕事です。

 

それに加えて、お母さんが入院している医療費も重くのしかかっていたはずです。

 

当時の結核や胸膜炎の長期療養は非常にお金がかかりました。

 

これらの出費を考慮すると、草壁家の経済状況は決して裕福とは言えず、むしろかなりカツカツで厳しい生活を強いられていたと推測できます。

 

まとめ

 

お父さんである草壁タツオは、大学の非常勤講師や翻訳家として働きながら、病気の妻を支え、二人の娘を男手一つで育てる非常に愛情深い人物でした。

 

彼が田舎に引っ越してきたのは家族の療養のためであり、あのお化け屋敷のような家は、家族が再び一緒に暮らすための希望の場所だったのです。

 

家がボロい理由は、単純に経済的な理由もあったのかもしれません。

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