

今回ご紹介するのは、夜神月が死亡した「その後の世界」を描いた『DEATH NOTE 短編集』です。
キラがこの世から消え去った後、再び人間界に死神のノートが落とされます。
果たして、新たにノートを拾った人間は、それをどのように使い、どのような運命を辿るのでしょうか?
本記事では、短編集に収録されているメインエピソード「Cキラ編」と「Aキラ編」を中心に、あらすじや見どころ、そして時系列の解説などを詳しくご紹介していきます。
※本記事のあらすじには、物語の核心に触れるネタバレが含まれていますので、未読の方はご注意ください。
プレッシャーに潰された一般人:Cキラ編
本作には大きく分けて2つのエピソードが収録されています。まずご紹介するのは「Cキラ編」です。
この物語は、夜神月が死亡してから3年後の世界を舞台にしています。
なお、本作はあくまで大場つぐみ先生と小畑健先生による原作漫画の正統な続編であり、実写映画版や小説版などのスピンオフ作品とは時系列が繋がっていません。
Cキラ編における最大の見どころは、成長したニアのその後の姿が描かれている点です。
ニアは初代Lの跡を継ぎ、新たなLとして活動しています。
ある日、人間界に再びデスノートがもたらされ、それを利用する新たなキラ(通称:Cキラ)が誕生します。
しかし、Cキラは夜神月のような確固たる信念や理想を持っていたわけではありませんでした。
彼は主に安楽死を望む老人たちを対象にノートを使用し、世間の注目を集めようとします。
これに対してニアは、かつてのライトとの息を呑むような戦いとは異なり、全く興味を惹かれないとばかりに冷ややかな態度をとります。
結果として、ニアから「ただの人殺し」と一蹴されたCキラは、その言葉とデスノートを持つという重圧に耐えきれず、最後は自らの名前をノートに書き込んで命を絶つというアッサリとした結末を迎えます。
ノートを人間界に落とした死神「ミードラ」は、その後リュークにデスノートを授け、物語は次の展開へと繋がっていきます。
ノートを「使う」のではなく「売る」男:Aキラ編
続いては、Cキラ編からさらに6年の歳月が流れた西暦2019年を舞台とする「Aキラ編」です。
死神リュークは、好物であるリンゴを食べるため、再び人間界にデスノートを届けます。
今回ノートを手にしたのは、IQテストで高い結果を出し、全国模試で3年連続1位を獲得するほど優秀な中学生「田中実(たなか みのる)」です。
実は、リュークが田中にノートを届けたのはこの物語の2年前のことでした。
しかし、当時の田中はノートの所有権をあえて手放し、「2年後に再び自分の前に現れるよう」リュークに指示していたのです。
そして現在、再びノートに触れたことで記憶を取り戻した田中を起点に、物語が本格的に動き出します。
田中が立てた計画、それは「デスノートを使って人を殺す」ことではなく、「デスノートをオークションにかけ、高額で売却する」という前代未聞のものでした。
自分の手を一切血で染めることなく、一生働かずに遊んで暮らせるだけの大金を手に入れようとする田中の奇策。警察やニアをも巻き込んだ、世界規模のデスノート争奪戦が幕を開けます。
デスノートの時系列はどうなっている?
ここで、『DEATH NOTE』の世界における時系列を整理しておきましょう。
本作は、現実世界の時間の流れと連動して、作中でも年月が経過していくタイプの作品です。
物語の始まり、夜神月が初めてデスノートを拾ったのは彼が高校3年生(18歳)の時でした。
ライトの生年月日は1986年2月28日であるため、彼がLと同じ東応大学に入学した時点の西暦は2004年となります。
これを基準に今回の短編集の舞台設定を計算すると、Cキラ編は2013年頃の出来事であり、そこからさらに6年後を描いたAキラ編は2019年となります。
作中でリュークが「10年一昔」と語るシーンがありますが、初代キラである夜神月がノートを拾った第1話の時点から数えると、Aキラ編の時点ですでに15年という長い歳月が経過していることになります。
まとめ・感想
最後に、短編集全体を通した感想をまとめさせていただきます(あくまで個人の率直な感想です)。
本作は短編集という性質上、どうしても終わり方が駆け足になってしまう部分は仕方がないのかもしれません。
それにしても、Aキラ編、Cキラ編ともに「何とも言えないアッサリとした幕切れ」だったという印象は拭えませんでした。
もちろん、大人になったニアの姿が確認できたり、松田をはじめとするお馴染みの日本警察の面々が再登場したりする点は、古くからのデスノート好きにとっては非常に嬉しいファンサービスです。
しかし、『DEATH NOTE』という作品の最大の醍醐味は、やはり夜神月とLという「天才同士の極限の心理戦」にあります。それに比べると、大した覚悟もなくノートを持ち自滅していったCキラの物語などは、短編であることを考慮しても少し物足りなさを感じてしまいました。
とはいえ、Aキラ編の「ノートを売る」という現代的なアプローチは非常にユニークで面白く、かつて夢中になった世界観に再び触れられる貴重な一冊であることは間違いありません。

