【はじめの一歩】鷹村vsブライアン・ホークはなぜ最高傑作か？
週刊少年マガジンが誇る不朽の名作『はじめの一歩』
その130巻を超える歴史の中で、ベストバウト（最高の一戦）は何かと問われれば、多くのファンが「鷹村 守 vs ブライアン・ホーク」戦を挙げるでしょう。
この一戦は、単なる激闘を超えた「魂の削り合い」であり、作中屈指のトラウマ回としても知られています。
では、なぜこの戦いはこれほどまでに我々の心を掴んで離さないのでしょうか。
その答えの鍵は、WBC世界ジュニアミドル級チャンピオン、ブライアン・ホークというキャラクターの狂気的な強さと、そのモデルになったであろう衝撃的な元ネタの存在に隠されています。
ブライアン・ホークの異常性
ブライアン・ホークは、ボクシング漫画の定石を根底から覆す、まさに悪夢のようなチャンピオンでした。
ロードワークや基礎トレーニングを一切せず、才能と獣性だけで頂点に君臨。
そのファイトスタイルは、セオリー無視の変則的な動きと、野性の勘としか思えない超人的な反応速度、そして急所を的確に打ち抜く破壊的なパンチ力で構成されています。
彼の異常性はリングの外でも同様です。
対戦相手を徹底的に侮辱し、試合前には鹿狩りに出かけて人間狩りを連想させるなど、その言動は常軌を逸しています。
鷹村とのタイトルマッチにおいても、彼はボクシングを「ゲーム」と断言し、鷹村の不屈の闘志を嘲笑い続けました。
この絶対的な才能と予測不可能な狂気が、鷹村守という努力と根性の天才を、キャリア最大の窮地へと追い込んだのです。
ブライアン・ホークの元ネタ
悪魔的才能を持った実在の王者
これほどまでに強烈なキャラクター、ブライアン・ホークにはモデルがいるのでしょうか？
ファンの間で最有力候補として語られるのが、1990年代にボクシング界を席巻した伝説の王者「”悪魔王子” ナジーム・ハメド」です。
イギリス出身のハメドは、ノーガードで変則的な角度から爆発的なパンチを叩き込み、驚異的な反射神経で相手の攻撃を紙一重でかわすという、まさにブライアン・ホークを彷彿とさせるスタイルでした。その圧倒的な才能と派手なパフォーマンスは世界中のファンを熱狂させましたが、一方でその傲岸不遜な態度や、練習嫌いを公言する奔放さも有名でした。彼の存在が、森川ジョージ先生に「努力では決して超えられない理不尽な才能の壁」として、ブライアン・ホークというキャラクターを描かせたことは想像に難くありません。
魂の死闘、理論を超えた領域へ
「鷹村 守 vs ブライアン・ホーク」戦が名勝負たる所以は、鷹村が自らのボクシング理論を一度破壊し、獣の領域での殴り合いを覚悟した点にあります。
序盤、鷹村はホークの変則的な動きに翻弄され、完全にペースを奪われます。鴨川会長の指示も届かず、セオリーは通用しない。このままでは才能の差で嬲り殺されるだけだと悟った鷹村は、会長の制止を振り切り、純粋な殴り合いへと身を投じました。
それは、技術や戦術を超えた「生きるか死ぬか」のサバイバルでした。何度も意識を失いかけ、肉体は限界を超えて悲鳴を上げる。それでも鷹村を支えたのは、仲間の想いと、自らが積み重ねてきた血の滲むような努力への自負でした。対するホークは、追い詰められて初めて「ゲーム」ではない本気の恐怖と苦痛を味わい、精神的に崩壊していきます。
最終ラウンド、両者ともに満身創痍の中、最後に勝敗を分けたのは「なぜ世界王者になりたいのか」という執念の差でした。仲間たちの声援を背に、最後の力を振り絞った鷹村の拳が、ついに理不尽な才能の塊を打ち砕いた瞬間は、はじめの一歩史上最も感動的なシーンの一つです。
鷹村がブライアン・ホークという悪夢に打ち勝ったこの一戦は、才能と努力、理論と本能、そして人間の尊厳を賭けた壮絶な物語です。その背景にある衝撃的な「元ネタ」を知ることで、私たちはこのベストバウトをより深く味わうことができるのです。